和田邦坊画業館
色鮮やかな色紙と大胆な構図の襖絵に見る、優雅で穏やかなひととき。
和田邦坊 白い紙がある。私は私の好きな不朽堂の長流筆で、一本線をひいて見る。うまく行かない。
何がうまく行かないのか、それが判らない。本当に自分の線が引けてないからであろう。
何度も繰り返している内に、段々線は太く、墨は濃く、そして紙が破れそうになる。
終いには穴が開いてしまった。私はやおら紙を持ち上げ、その穴から片眼を当てて覗いて見た。そこにありのままの自然があった。柳は緑に花は紅で、少しも変わったことはなかった。私は考える。私は私の線を初めて引いたのだ。私は画はこの筆で突き破った穴から生まれるのだと思った。私は嬉しかった。欣求浄土の心境で私はしゃにむに筆を走らせた。色々な画が出来た。その画がいいか悪いかは私には判らない。しかし画とはその人の眼と心で出来るものである。
間違いなくこの線は私の線だ。そこで展覧会となった。元来、私は多くの人に私の絵を見て貰うことを、あまり好まないので、一度も個展を開いたことがない。絵を見るということは、その人の心にふれることである。絵は容易に描ける。しかし、心を描くことは難しい。私は何時も画を、山を仰いで山に遊ばすという心で描いている。穴から覗いた自然が私の絵筆を何処まで引張ってくれるか、今も私は長流筆を持って、ニタニタしながら白い紙にむかっているのである。
  和田邦坊
襖絵
この襖絵は灸まん本店の2階に飾られていたものです。
当時2階はお客様との会議やお食事会に使われていました。豪華で大胆な襖絵に見る人は圧倒されたと聞いております。
襖絵
原画
灸まんでは元々、年に一回のお茶会を開いておりました。その当時飾られていた数々の版画の原画です。
邦坊さんの絵それは巨大な奔流のようなタッチの激しさと山のように不動で淵のように静かで風のようにさわやかです邦坊さんの絵それは日本の神様が遊んでいる形です
イサム・ノグチ
香川県庁大広間の和田邦坊画伯の大画業は今世の絶大に数えられるべきものと賛嘆やまないことです。
和田邦坊画伯ほど、独自と豪放と、墨握をよくよく、妙手にゆだね描写をほしいままにせる画人は、この今唯一人と即応したい。見事一杯、大立派、無尽際正真孤粋、純崇に対する画伯の画喝と鉄唾を浴びて受けよう。
棟方志功
評伝 和田邦坊(本)はコチラから